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高速バスの良い結果

チャタトンは、ネイグルの電話を何度もチェックした。 電話会社に連絡して、ネイグルの電話回線を点検してくれとたのんだ。
回線に異常はなかった。 最後に、ネイグルに電話をかけた。
「うまくいかなかったな」彼はいった。 「そうらしいね」ネイグルがうなるようにいった。
数日たって、ネイグルの電話が鳴った。 彼はすぐに、チャタトンに電話をまわした。
ニュージャージーリクリエーショナルの主要日刊紙である、ニューアークの《スター・レジャー》紙の記者からの電話だった。 くたびれて、関心がなさそうな口ぶりだった。

自宅の裏庭で宇宙船を発見したという第二のビームーゲルリ・ボブに無理やり取材させられているかのような、疑ってかかる口調だった。 「つまり、たぶんあなたは謎のUボートを発見したんですねp」記者が尋ねた。
チャタトンは、そうだと答えた。 男は、ほかにいくつか質問した。
そのひとつひとつに対して、チャタトンは細かい点をていねいに説明した。 話、が終わるころに、記者が、チャタトンの自宅を訪ねてよいかと訊いた。
翌日、その記者がやってきてメモを取り、皿を手に取った。 この記事は一面を飾るにふさわしいと思う、と記者は述べた。
つぎの日の朝、チャタトンはパスロープにスリッパ姿で私道の端まで歩いていって、《スター・レジャー》を拾いあげた。 いちばん下に見出しがあった。
プレザン卜・ポイントの沖合いで沈没したりボー卜が発見される。 記事の横に、皿を調べているネイグルとチャタトンの写真が載っていた。
チャタトンは部屋に走って戻り、ネイグルに電話した。 その記事には、すべてが網羅されていた。
ディープレック・ダイビングの危険な点、アメリカ近海に不気味なUボートが複数存在したこと、フェルドホーレンブルクのナイフマンの死亡事故、いまも謎のままの潜水艦の正体。 Uボート研究家で、それに関する著作のあるへンリー・キーツ教授の意見も引用されていた。
H発見されたのがドイツ軍のUボートであるのはまちがいない。 どうして現在の場所で沈没したのかが謎だ・・・この海域には一隻も沈んでいないとされてきたとキーツは話していた。

《スター・レジャー》の記事が引き金となって、メディアにブービームーゲルが巻き起こった。 その夜、ネイグルとチャタトンに、ラジオやテレビ、新聞や雑誌の記者からの取材の申しこみの電話がつぎからつぎへとかかってきた。
国際報道機関が、ニュージャージー沖で発見された謎のUボートのニュースを流した。 CNNから取材班が送られてきた。
テレビのレポーターは、ネイグルとチャタトンに、鈎十字章が見えるように皿を持たせ、〈シーカー〉でふたりのインタビューを撮影した。 タ守フロイド紙の《ウィークリー・ワールド・ニューズ》さえも、第一面に記事を載せた。
ナチスの潜水艦、米海軍艦に掌補される!その記事は、ニュージャージーのUボートのことだけでなく、ドイツからタイビームーゲルワープしてきたべつのUボートがいまになってようやく浮上し、いまだに若い乗組員は、ヒトラーがドイツを支配していると信じこんでいる、という、出版界の基準から見ても夢のような内容だった。「タイビームーゲルワープのことはよく知らないが、納得できる説明はそれ以外にはないようだ」という「ワシントン在住の海軍士官」のことばが引用されていた。 声明発表から一週間のあいだはまったく鳴りもしなかったチャタトンの電話は、いまは容赦なく鳴りつづけ、彼の睡眠や食事の時間まで侵食した。
郵便受けにはいりきらないほどの郵便物が届いた。 宛先に「ジョン・チャタトンダイバーニュージャージ州」としか書かれていない小包がいくつも配送された。
ひとびとから、Uボートの正体を、または沈没の原因を知っているという連絡が多数寄せられた。 戦時中に家族のひとりが、政府がいまも認めない秘密任務でUボートを撃沈したことがあったと、遺族の息子、母親、兄弟、孫らが断言した。
Uボートの機密情報を握っているという電話もあった。 また、Uボートの乗組員がアメリカ本土の岸へ泳いであがってきて、パンを買ったり、ダンスを踊ったりするのを見たと証言する電話もあった。
一O代のある日に釣りをしていて、老いたドイツ人と出会ったことがあると知らせてきた老人がいた。 「その男は海図で、わたしたちが釣りをしていたスポットを指さして、そこで彼の乗っていたUボートが沈んだと話したんだ」その人物はチャタトンに語った。
「あんたが沈没船を見つけたのとおなじ場所だよ」大勢の未亡人が電話してきて、死んだ夫はUボートを撃沈したのに、承認されていないと一様に話した。 Uボートは司令塔の側面に大きく数字が措いてあるから、そこの砂を取りのぞけば謎は簡単にとけると、学者のような口ぶりで電話してきた男もいた。
きついドイツ誰りの男から電話があった。 「Uボートを発見したダイパーはいますか」男はいった。

「ええ、わたしですLチャタトンはこたえた。 「事故で死亡したダイバーについて教えてもらえませんか?」「そうですね、彼はとても優秀なダイバーでした。
なんとも恐ろしい事故だったんです」「フェルドマンという名前でしたね?」「はい」「どんなつづりですか?」ホーレンブルクのナイフ「FIELD-MーAーN」「フェルドマンはユダヤ人だったのか?」そこでチャタトンは電話を切った。 ある日には、きついドイツ詑りのべつの男の電話を受けた。
「おまえたちの吐く泡が、水兵の安眠を荒らしている」男はそういうと、不意に電話を切った。 チャタトンは、ありえないような話までふくめて、得た情報の多くの真偽を調べた。
Uボートに乗ってやってきたドイツ人がアメリカ市民にまぎれこんでいるという話は、不安が高じた想像の産物だとわかった。 Uボートをおりてアメリカへ上陸した例はほんのわずかしかなく、その場合は破壊工作員とスパイだった。
Uボートの司令塔には、写真で見られるように艦名が描いであったのはたしかだが、それは第二次世界大戦開戦前のことだった。 開戦してのちに、標識は消されるか塗りつぶされるかした。
いまのところ、潜水艦の正体解明に近づく手がかりはひとつもなかった。 コーラーにも電話がかかってきていた。
いくつかの新聞記事に彼の名前が出たため、チャタトンとおなじく、五O年前にUボートを撃沈した承認を得たいと願う水兵の遺族から電話があった。 ターからの電話もかかるようになった。

「潜水艦に遺骨はありましたか?」ある男は尋ねた。 「まだわかりません」コーラーは答えた。
「ナチの頭蓋骨を買いたいんです」「そんなことはしません」「頭蓋骨ひとつにつき二000ドル出します」コレク「いったように、そんなことはしないんです」「そんなことはしないとはいったいどういう意味だ?奉者か?」いわゆるコレクターはすぐにかっとなることを、コーラーは知った。 そして、ことを覚えた。
チャタトンに情報を寄せたのは、遺族や狂信者や陰謀説支持者ばかりではなかった。 早い時期に、ワシントンDCのドイツ大使館から一通の書簡を受けとった。
筆者は、ディーター・レオンハルトという、ドイツ海軍の大佐だった。 手紙は心のこもった文章ではじまり、チャタトンの発見を認め、沈没船の調査の援助を申し出る内容だった。
しかし、書簡の終わりで、レオンハルトはドイツの立場をあきらかにした。 おれたちは勝ったんだ。
その前に電話を切る沈没船の現在位置が国家の領海内であるかいなかに関係なく、潜水艦の所有権はドイツ連邦共和国に帰属します。 沈没したドイツ国軍艦は、原則的に「乗組員の墓場の墓石」と定義されています。
したがって、政府の承認なしには、この沈没船へ潜り、調査することはできませんが、それは今日にいたるまで、どの事例においても許可されていません。

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